ーある日、酔っ払ったオカンが若い男を
拾ってきた。
「今夜はね、お土産あんねん」
「分かった分かった、明日いただきます」
「あかん、ナマモノやから、あかん」
…どちらさん?
「オカンな、この人と、結婚しよう思うてんねん」
ーえ?
テカテカの、いかにも安ものの真っ赤なシャツに今どきリーゼント頭の捨て男(研二)を連れてきたオカン。強烈なその男の登場は、オカンと娘・月子、そしてオカンの過去を知る隣人・サク婆、愛犬・ハチへと波紋を広げ、4人と1匹の穏やかな日常を静かに変えていく。
「捨て男って呼ばんといてな」
「〝捨て男さん〟は板前さんなんですか」
「どないしても月ちゃんは捨て男って呼びたいねんな」
「どないしても月ちゃんって呼ばれたないんです」
板前だった祖父・服部の血を引く研二の作る温かい料理。それはオカンと娘・月子をとりまく人々の心を徐々に溶かしていく。
大阪の下町を舞台に、忘れかけた人情を、笑いと涙でお届けします。さくら色の春に!
捨て男
1987年光GENJIとしてデビュー。解散後はソロに転向。2000年、鴻上尚史作・演出にて初舞台を踏み、以後、現在に至るまで数々の話題作に出演。大劇場から小劇場、翻訳劇まで意欲的に活躍。
オカン
1979年NHK朝の連続テレビ小説「マー姉ちゃん」の主役に抜擢され、同年製作者協会(エランドール賞)を受賞。
サク婆
幼児より少女歌手の座長として全国を巡業。次女照江と漫才コンビを組む。1956年 長女歌江が加わり「かしまし娘」結成。
文学座所属。劇団公演の他外部出演も多く、ストレートプレイからミュージカルまで巾広く活躍。9月例会「吾輩はウツである」にも出演。
飼い犬 雑種
2007年に俳優デビュー。12歳で映画「劇場版 仮面ライダー電王 俺、誕生!」にてミニ電王を演じる。
研二の祖父
東京芸術座演劇研究所第1期生。1956年 司馬遼太郎原作「新選組血風録」の沖田総司役でデビュー。
この芝居の原作『オカンの嫁入り』は甘酸っぱい味のする小説である。
その甘酸っぱさはどこから来るかと言えば、たぶん、人生において、私たちが繰り返すたくさんの出会いと
別れがあるからだ。オカンとオトンの出会いと別れ。オカンと研二の出会い。サク婆、研二の祖父、舞台版には
出てこないが先生と言った人々との出会いと別れである。そして、それらの出会いと別れを通して私たちは“家族”に
ついて思いを巡らすことになる。もっと言えば、“運命”というものにだって思いを巡らすことになる。
フランスの思想家・メンテーニュは「運命は我々を幸せにも不幸せにもしない。ただその材料をわれわれに提供
するだけである」と言っている。このドラマに出てくる運命的な出会いと別れは幸せなのか? 不幸せなのか?
そのあたりを考える時、なにか甘酸っぱいものを感じるのかも知れない。
『さくら色 オカンの嫁入り』は出会いと別れのドラマであり、同時に月子という女性の成長の物語である。
そして、サク婆や研二とその祖父との関わりを通して私たちは“家族”と言うものを考えさせられる物語である。
舞台から小説とは少し違う甘酸っぱさを感じていただけたら、演出家としては幸せである。