2015年11月例会『女王メディア』

とき
2015年11月8日() 午後3時
ところ
アルファあなぶきホール 小ホール
原作
エウリーピデース
修辞
高橋 睦郎
演出
高瀬 久男
上演時間
2時間(休憩なし)

ものがたり

コリントスのある屋敷から女の嘆く声が聞こえてくる……。

かつて―黒海沿岸の国コルキスの王女メディアは国、ギリシアのイオルコスからやって来たイアーソンと恋に落ちた。イアーソンが金羊毛を手に入れるため、力を貸したメディアは父を棄て、故郷を棄て、共にイオルコスへと向かったのだった。そしてイアーソンから王位を奪った領主を殺害し、コリントスへと逃れてきたのである。

けれどもいま―イアーソンは保身のため、コリントスの国王クレオンの娘を妻に迎えることを決めてしまった。クレオンはメディアとその二人の息子に国を出て行くよう命令を下す。不実をなじるメディアに、イアーソンは子どもたちの生来のためを思って新しい縁組みを承知したと言い募るのだった。

『さあ、まっすぐに怖ろしいことへつき進もう…女と生まれた身ではないか。善いことにかけてはまったくの力なし、けれども、悪いことにかけてなら、何をやらせてもこの上ない上手と言われる、女と生まれたこの身ではないか』

自らの運命を嘆き、呪い、そしてメディアは、復讐を決意する。

『この私をかよわい女、いくじのない女だと、誰に思わせておくものか――』

キャスト

妻、平幹二朗。夫、山口馬木也。乳母/土地の女、間宮啓之。守役/土地の女、神原弘之。領主/土地の女、三浦浩一。隣国の太守/土地の女、廣田高志。夫の家来/子供/土地の女、斉藤祐一。夫の家来/子供/土地の女、内藤裕志。女たちの頭、若松武史。

「長く記憶に残る演技」と高い評価を受けた初演。あれから37年。

熱いアンコールにお応えして一世一代、平幹二朗がふたたびメディアに挑む。

『メーデイアの弁護』

人間は恐ろしいことをする。

それはわかっている。人間は人間を殺す。

動物は一般には獲物しか殺さない。それは食べるためだから生命という存在の倫理に適っており、いわばお互い了解の上のことだ。殺して食ったものは翌日には殺されて食われるかもしれない。

子連れの雌を自分のものにしたライオンの雄はその子を殺すことがある。同族殺しだが、育児中の雌は妊娠しないから雄が自分の遺伝形質を残すためと考えると論理的には筋が通っている。それでもこれは種ぜんたいより個を優先する考えであり、好ましいものとは思えない。

だが、自然界には雌が育児中の自分の子を殺すという例はたぶんない。それは妊娠と出産と育児という自分の投資を無にするナンセンスな行為だから。論理が禁ずる以前に生態学がもったいないと言う。チンパンジーの雌は時として事故死亡した愛児の遺骸をミイラ化するまで持ち歩くという。母性愛は種の存続のために本能という形で我々の中にしっかり組み込まれている。

人間は同族を殺す。その実例を我々はたくさん知っている。人は配偶者を殺し、友人を殺し、恋敵を殺し、時には親を殺す。しかし、育児中の母が一瞬の激情や錯乱でなく理詰めで子を殺すことがあるだろうか?

『メーデイア』の主題はここにある。この芝居を見る者は彼女の子殺しを最終的に受け入れることができるか?

彼女は夫イアソンに手ひどく裏切られた。金羊毛の取得という彼が負った任務を達成するために彼女は身内を殺してまで協力し、相思相愛の仲になったと信じて故郷を捨て、異国であるギリシャに来た。彼女が頼れるものは夫の愛以外にはない。ところがここで夫はこの地における身の保全に走り、また若い新しい女に対する欲望に目がくらんで、彼女を捨てた。若い新妻はここの王室での安定した暮らしを保証してくれる。

メーデイアの怒りを理解することはできるだろう。異国まで連れてこられて捨てられた。怒るのは当然かもしれないし、その種の話しは我々の身辺にいくらでもある。

だが、だからと言って妻は夫への復讐として二人の間に成した子を殺すか?